課題テーマに挑戦「金沢市」第22回
2020年08月06日
課題テーマに挑戦「金沢市」第22回
史上最年少でタイトルを獲得した藤井聡太棋聖は、木村一基王位との王位戦に3連勝し、残り4戦のうち一つでも勝利すれば、王位と8段の両方を獲得することになります。正に、天才棋士です。
さて「夕香金沢ひとり旅」も今回で第8回となりますので、第10回くらいで完成にしたいと考えています。クライマックスというより、夕香さんの悩みをどう解決したら良いのか、余りにも凡人過ぎる私にはよく見えておりません。そういう意味から、今回のテーマは背伸びし過ぎとしきりに反省をしております。
夕香金沢ひとり旅 第8回
第8章 ASDのこども達への教授の愛
夕香は、自らが研究する世界においての重鎮とも言える人と一緒にいることが、とても不思議な気がした。
「私は、先生を存じ上げております。名古屋国際会議場で開催された第55回「特殊教育学会」での先生の講演を拝聴させて頂きました。それ以前にも何度か演台でのお姿を拝見させて頂いております。私は、港南大学大学院博士課程心身障害学研究科の五十嵐夕香と申します」
夕香は顔を少し紅潮させ、普段よりも早口で話した。
(名古屋国際会議場 ウィキペディア様より)
「それは、私にとっても光栄です。今回のことは、何かとても不思議なご縁を感じます。ところで、先ほどの山崎山の話に戻りますが、あなたが驚いた柴犬は3ヶ月前に失明した盲目犬なのです。突発性後天性網膜変性症という病名で、SARDとも呼ばれているそうです。この病気は突然目が見えなくなる恐ろしい犬の病気です。
あなたも私たちと同じ研究をされている方だと分かりましたので、私たちのことをお時間の許す範囲でお話しさせて頂きます。
このASDの子ども達のために、柴犬を入所施設で数年前から飼い始めました。この子供たちにとって、犬との交流はたくさんの恩恵を与えてくれると信じていたからです。実際、飼ってみると、とても大きな効果が得られました。
一つ目の効果は、犬の速さに合わせた散歩は、有酸素運動になります。このことは、彼らのストレス度や抑うつの減少の効果が見られました。散歩する以前のデータと比較してみて分かったことですが、驚くべき事実でした。
それから2つ目の効果としては、普段はあまり外に出かけたがらない子供たちも犬との同伴なら嫌がらずに参加してくれたということです。その結果、何度も散歩をしているうちに、知らない方が声をかけてくれたり、また柴犬を撫でてくれるようになりました。そうした人たちが今では10人を超えて、地域の方達と僅かずつですがコミュニケーションが取れるようになって来ました。私はとても素晴らしいことだと喜んでいます。
3つ目は、子供たちと犬とのコミュニケーションの構築です。ブラシを掛けてあげたり、月に数度のシャンプーの時間も、子供たちが心を開いてくれるとても貴重な時間です。その時の子供たちの表情はとても豊かで、私どももつい笑顔になってしまいます。
まだあります。もっとも大きな成長は、今まで犬の側からのアプローチが多かったのですが、この犬が失明してからは、逆に子供たちのほうから積極的に犬に接するようになったことです。犬には可哀そうなことでしたが、子供たちには驚くべき成長がありました。
話が長くなって申し訳ありません。あなたが驚かれた犬の頭部に付けた輪状のものは、犬の顔面を保護する器具です。メーカーによって呼び名が違いますが、失明した犬は外に出るのを怖がるようになってしまいます。電柱や看板などに顔面を打ち付けることが良くあるからです。
この器具は、物にぶつかった時の顔面を頭部を守ってくれます。初めは嫌がりましたが、今ではすっかり慣れてリードに従って安心して散歩も出来るようになりました。
ですが、先ほどあなたに怪我を負わせてしまっていましたら、もう兼六園への入園の許可も取り消され、子供たちも悲しむことになっていたと思います。あなたが無事でいてくれたことは、私どもにとってとても有難い、幸せなことです。本当に、ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした」
ASDの子ども達への愛情溢れる、文部科学省所管の特殊教育研究センター副所長の教授の姿は、夕香にはとても眩しく感じられた。
「先生、今日初めてお会いしたばかりなのに、不躾で礼儀も知らない女だと思われるでしょうが、先生にご相談したいことがあります」
この教授なら今の私を曝け出しても、きっとASDの子ども達と同様に真剣に向き合ってくれると夕香は信じられたのでした。 つづく