課題テーマに挑戦「鳥海山」第27回
2017年12月10日
課題テーマに挑戦「鳥海山」第27回
「鳥海山物語」を書いてきて、こんなに長くなるとは思っておりませんでした。こう長くなるとプロセスが自分自身で分からなくなり、読み返したり各章を要約したりと、脈絡・整合性に気を使わざるを得なくなりました。
今までに原稿用紙20数枚ならありますが、今回はそれを大きく越しているようです。何しろ思い付きで書いている部分がありますのでお読みになられている方に、疑問を持たれることのないよう気を付けながら書き進めて行きたいと思っています。皆さま、ご感想や何か気付かれましたらご連絡を頂けますようお願いいたします。それから大変恐縮ですが、第23回から第26回までの終章を第5章とさせて頂きました。今回から終章とさせて頂きます。
鳥海山物語
終 章(1回目) 昭和51年6月半ば~7月初め
由美子はすっかり混乱してしまいました。総一郎に会いたくて、はるばる訪ねて来たことに後悔はありませんが、総一郎は去年の夏頃から姿が見えないというのです。
でも、不思議としか言いようがないのです。御嶽神社で会い「お互いに信じ合い、何でも話し合おう」と総一郎と約束したのは、昨年の5月でした。そして、総一郎のお見合いの話を聞いたのは8月のころ。そして、由美子が手紙を送り始めたのもその頃で、既に数十枚の手紙を送っているのです。昨年の夏に、仮に総一郎がどこかに行ったとしても、郵便受けには由美子の手紙が入っていなければならない筈です。
また由美子は、頭を抱えてしまいました。眠れぬままに一夜を過ごし、宿の朝食に殆ど手を付けることなく、また総一郎のアパートに向いました。昨日と同じアパートは静かで誰もいないようでした。
由美子は為す術もなく、すれ違う人と何度もぶつかりそうになりながら、大森駅に向かい、後ろ髪を引かれる思いで京浜東北線に乗り込みました。
母は何も聞きませんでしたが、次の日に信彦から電話が入りました。会社が昼休みのため、受話器の傍には同僚の美代子がいるだけでした。
「由美子さん、総一郎さんとお逢いになりましたか?二人で、お互いの親の前で、結婚の宣言をするということになりましたか?」
由美子は信彦には、正直に話をしました。信彦の話し方は好奇心でもなく、また二人の交際が壊れれば良いというような思いではなく、真から心配している様子が伺えました。由美子の頬から涙が溢れました。
「手紙が届いていないのだけはおかしいな。でも、きっと何かの事情がある筈だ。あまり心配しなくても大丈夫だよ。また、電話掛けさせて貰うから。出来ることがあったら言ってね。」
信彦は由美子の涙に辛い気持ちになって、早々と電話を切りました。でも由美子には、信彦の気持ちは有り難かったのでした。誰にも相談できず、総一郎の身を案じ堂々巡りだけの由美子だったからです。
鳥海山を囲む山並みが緑一色になり、蝉の声がせわしい夏がまたやって来ました。総一郎のアパートの住人の話しからすると、総一郎がアパートを出てからもう1年になる筈です。由美子は、総一郎の実家に足を運ぶ勇気は持ち合わせてはおりませんでした。行けば何かしらの情報が掴めるはずだとは思いながら、結婚を強く反対されている自分の姿を総一郎の両親に見せることは、総一郎のために、また自分のためにもならないと諦めているのでした。
東京のアパートに行っても姿が見えない、また数十通の手紙を出しても返事が来ない!それなのに、総一郎からは何の音沙汰もない。ここ10日間眠れない夜を過ごし、すっかりやつれてしまいました。思考力も鈍くなり、総一郎とのあの御嶽神社の逢瀬も、夢の出来事であったかのような錯覚に陥っている由美子でありました。
母のふみ子は、由美子の気持ちに気付いていました。総一郎と由美子の間の縁はもはや断ち切れたのだと不憫に思い、信彦との婚礼を早めることが由美子にとって一番幸せな方法だと信じて疑いませんでした。
ふみ子は見合いを持ってきた兄の秀夫に事情を話し、婚礼を急ぐ算段を相談しました。二人は、信彦の両親に何とか早めに祝言を挙げたい旨を、やはり見合いに立ち会った信彦の叔父に伝えました。その話を聞いた信彦の両親は、もろ手を挙げて喜びました。かつて信彦には交際していた女性の気配もなく、このまま三十路へと進む息子を黙って見ていることは、親としても辛いことでした。
母のふみ子と伯父の秀夫、それに信彦の両親と叔父は、ある日隣町の料理屋に集まり、今後の相談をすることにしました。由美子と信彦には話しをせずに、決めてしまうつもりでした。そのことには誰一人として、反対する者はいませんでした。 つづく