課題テーマに挑戦「金沢市」第21回
2020年07月23日
課題テーマに挑戦「金沢市」第21回
将棋界の若き天才・藤井聡太棋聖誕生で、世間は大騒ぎです。そういう私も興奮しています。
史上最年少での棋聖タイトルを獲得した翌日の関西将棋会館での会見で、「探求」と書いた色紙を持って臨みました。人としての謙虚さ、向上心に敬服してしまいます。天才とは1のひらめきと99の努力と聞いたことがありますが、正にその通りだと藤井棋聖の立ち振る舞いから納得してしまいます。
これから残りの7大タイトル(竜王・名人・叡王・王位・王座・棋王・王将)の奪取も時間の問題かと思われます。藤井棋聖の時代はこれからいつまで続くことでしょう。でも、一つ心配があります。メディアはもう少し静かに見守って頂けたらと、強く希望します。
夕香金沢ひとり旅 第7回
第7章 再び山崎山
夕香は山崎山の紅葉に十分満足し、階段のある下り坂を歩き、もう少しで出口という所で不思議な光景を目にした。中学生と思われる男子5~6人を、50代前半の男性が先導して歩き、最後尾を30代前半と思しき女性が芝犬を連れて近づいて来た。不思議な光景とは、その犬の頭部に幅3センチ位の白い輪状の物が取り付けられているのである。
夕香はその男子生徒らが何らかの障害を持った人達であることを瞬時に理解し、階段の隅に立ち止まり、そのグループが通り過ぎるのを待った。初老の男性は笑顔で「こんにちは」と夕香に声を掛けてくれた。夕香も傍を通り過ぎる一人ひとりに「こんにちは」と声を掛けた。
最後の犬を連れた女性が通り過ぎようとした瞬間である。柴犬が夕香に迫って来た。夕香は驚き、柵の反対側に背中から倒れ込んでしまった。初老の男性があわてて駆け寄り夕香を抱きかかえ立たせてくれた。
「申し訳ありません!大丈夫ですか?」
男性は夕香の背中のゴミをハンカチで払いながら、心配そうに尋ねた。夕香は体を少しねじってみたり、足踏みをしてみたが特に痛みもなく無傷だった。
「申し訳ありません。ここ兼六園では犬と同伴での入園は禁止されていますが、私どもは訳あって特に許可を頂いております。本当に申し訳ありませんでした」
男性は顔を歪めて夕香に心から詫びた。
「本当に申し訳ありません。私が犬のリードをしっかり管理していたつもりだったのですが、ご迷惑をお掛けし本当に申し訳ありません」
連れの女性も涙目になりながら、深々と頭を下げた。
二人の謝罪に、夕香は平常心に戻ることが出来た。改めて先ほどのシーンを振り返ってみた。確かに柴犬は夕香に近づいて来たと思ったけれど、夕香には触れてはいない。いや近づいてきたと思ったのは、柴犬の頭に取り付けられた白い輪状の物が揺れたのを、夕香が勝手に近づいて来たと錯覚したのだ。
「いえ、私のほうこそ取り乱して申し訳ありません。よく考えてみますと、このワンちゃんには何の落ち度もありません。私が勝手に驚いて倒れ込んでしまったようです。私が驚いたのは、ワンちゃんの頭に着けられた白い輪状の物が揺れたのを近づいて来たと勘違いしてしまったのです。私のほうこそ、ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」
夕香の言葉に二人はやっと安堵の表情を浮かべた。
「あのう、大変恐縮ですが、少しお時間頂けませんか?」
初老の男性が夕香に言った。決して強要するという言い方ではなく、夕香の体を心配しての配慮ということが感じられた。
「私は、これから近江町市場に寄ってお土産を買い、6時過ぎの北陸新幹線で東京へ帰る予定ですので、多少の時間は大丈夫です」
夕香はこの男性の職業に興味を持った。それで、誘いに乗った。男性の後を付いて夕香は兼六園を出た。その後から中学生らと柴犬を連れた女性が後に続いた。
男性はいくつかのスイーツ店等のお店をやり過ごして歩いた。犬が同伴できる条件のお店を探しているようにも見えたが、夕香にある程度の距離を歩いて貰うことにより、本当に大丈夫なのかを確認する目的のようでもあった。
「ここに入りましょうか?」
300メートル以上は優に歩いただろうか?洒落たスイーツのお店で、空いていたので全員が入れた。もちろん柴犬の同伴もOKだった。男性はこのお店に入るのは初めてではないようだった。女性店員が「先生、いらっしゃいませ!」と元気に声をかけたからだ。
「お体、大丈夫ですか?」
男性は夕香が無事ここまで歩いたことから、とても穏やかな表情で夕香に言った。夕香が「本当に大丈夫です」と答えると、男性も連れの女性も笑顔が弾けた。
「申し遅れました。私、こういう者です」
と言いながら、男性はウエストバックから名刺入れを取り出し夕香に渡した。夕香は両手で受け取り、さっそく名前に目をやった。その名前を見て、夕香は驚いた。夕香の所属するいくつかの学会のうちの「特殊教育学会」で、基調講演や特別講演などで演台に立つ姿を会場側から何度も見たことがあったからだ。
夕香は自らの何か変化の前兆のようなものを感じた。 つづく