課題テーマに挑戦「銚子港」第9回
2023年05月29日
課題テーマに挑戦「銚子港」第9回
もう すぐ6月です。古希を過ぎてからは月日の経つのを早く感じます。もしかしたら、皆さんも同じだと言うかも知れませんが、特に私はそう思います。
今日は5月の29日です。昨日の某新聞社の一面トップには、長野県中野市の「猟銃立てこもり4人死亡」 と大きく報道されていました。女性二人と警察官2名が犠牲となった悲しい事件の報道でした。
加害者の一方的な思い込みで犠牲になられた二人の女性の方と、殉職された二人の警察官の方に心よりご冥福をお祈り申し上げます。また、ご家族の方々には、お悔やみを申し上げます。
こうした悲惨な事件は、どうしたら防げるのでしょうか?こうした事件が、二度と繰り返されることのないようにと祈るばかりです。
アイキャッチ画像は、自宅の玄関先の花壇に咲いた花です。ハナノナをかざしますと「ツキヌキニンドウ」と表示されました。
下の画像は、幼い苗が植えられた田んぼに、朝日が写り込んでいます。左奥に見えるのは宝篋山です。
下の画像は、朝もやの田んぼに映り込んだ筑波山です。
先日の朝、家の近くを散策していた時に撮ったものです。
物語 想い出の銚子電鉄外川駅(第2話)
私と美咲ちゃんが通う高校は、地元では進学校として知られていた。美咲ちゃんは、東京のある私立大学に現役で合格した。競争率は10倍を超えていたけれど、美咲ちゃんの実力なら不思議ではなかった。
私も決して美咲ちゃんに負けないくらいの成績ではあったけれど、それは進学を目指しての努力からではなく、進学はせずとも成績では美咲ちゃんと同等でいたかったという、ただそれだけの単純な理由からだった。だが、美咲ちゃんが本気で大学受験に取り組み始めた頃からは、もう比較にならない程の差が開いた。担任の教師が私に対して、幾度となく進学の話しをしてくれたけれど、私の希望や、また家の事情を話すと、担任は言った。
「翔太、漁師という仕事も立派な職業だ。お前がしたいという『銚子つりきんめ』は千葉県を代表する優良水産物だ。その仕事に、翔太が誇りをもって就きたいというのなら、先生はもう何も言わない。ただ、お父さんに負けないような『銚子つりきんめ』の漁師になって欲しい」
校舎の東側にある花壇の前で、先生の優しさに思わず翔太は頬に一筋の涙を流した。
月日の経つのは、振り返るとあっという間だ。早や高校の卒業式も間近くなったある日曜日、私と美咲ちゃんは、銚子電鉄観音駅前で待ち合わせた。
私は外川駅から7つ目の駅、美咲ちゃんは銚子駅から乗るので二つ目の駅だ。銚子電鉄は、全長6,4kmの短い単線だ。経営状況も人口減の影響か、あまり芳しくないらしい。私が乗る時も、いつも車内は空いていて、乗客数を数えるのに数分も要しない。普段乗客数は少なくとも、地域の人々にとっては何かの折には絶対欠かせない電車だ。特に病院通いの高齢者には無くてはならない。
銚子電鉄もそれを十分承知しているので、「濡れせんべい」とかの副業もしながら、何とかこの路線を維持しようと必死になっている。
観音駅には、10時に一番近い電車の時間でとの約束である。私は美咲ちゃんの電車が着く30分前に着いた。観音駅舎内のベンチに座り、美咲ちゃんが乗る電車を待った。
待つ時の時間は長い。腕時計を何回見ても、数分しか進まない。でも、朝が来ない夜はない。やがて、美咲ちゃんを乗せた電車が停車し、薄茶色のコート姿で元気の良い美咲ちゃんがいつもの笑顔で降りてきた。
「ごめんね。時刻表を見たら、翔ちゃんの方が大分早く着いたのね。ごめんなさいね」
この観音駅の近くには興味深いお寺や、その先を少し歩くと銚子漁港第一卸売市場がある。美味しい海鮮料理を食べさせてくれるお店も多い。今日は、その卸売市場近くの海鮮自慢のお店で昼食を摂る約束をしている。なので、美咲ちゃん母娘をお弁当作りのために早起きさせずにすんだ。
観音駅舎は、小さいけれども洒落た洋風の建物だ。
二人は手をつなぎ歩き出した。先ず、大師堂のある円福寺に向かった。駅から歩いても僅かな距離だ。
正面から入り、二人は円福寺に向かってうやうやしくお辞儀をした。ここの庭には、江戸の豪商・古帳庵の句碑があることでも有名だ。
「ほとゝぎす 銚子は國の とっぱつれ 江戸小網町 古帳庵」と彫られている。その句と並んで古帳庵の妻の句も彫ってあった。
美咲ちゃんが言った。
「確かに銚子は関東平野の最東端になるけど、あまり深い句じゃなさそうね。でも、いかにも江戸っ子らしい気っ風を感じるわ」
美咲ちゃんは、余りこの句が好きではないらしい。正直、私もこの句に特に惹かれるものを感じない。
次に向かったのは、飯沼観音だ。ここには有名な五重塔がある。朱色の塔が青空に届きそうである。
本堂の正面やや左側に大仏様(阿弥陀如来坐像)が静かに目を閉じている。
二人は本堂の前に立った。賽銭箱の上に吊るされたちょうちんから五色の紐が垂れ落ちている。この紐は、本堂の中の観音様の小指に結ばれているという。
私と美咲ちゃんは、それぞれの財布から50円玉を取り出し、賽銭箱に投げ入れた。投げ入れた金額にも意味があるのだ。もちろん金額の大小ではない。お賽銭は、日頃の感謝の気持ちを神仏に捧げるためのものだが、私たちが投げた金額の意味は「ご縁が10倍ありますように」という意味だ。高校生の身分では妥当な金額だ。ご縁とは、男女の恵まれた出会いを指すだけではない。社会での様々人間関係での良い出会い、良い縁も含まれている。
五色の紐を私は左手で、その私の手の下を美咲ちゃんが右手で握り、一緒にお辞儀をした。今度は、両手を合わせて丁寧に二人はお辞儀をした。その真剣そうな姿はいつもと違い、いつまでも続いた。
暫くしてやっと姿勢を戻した二人は、五重塔の前に立ち、記念写真を撮ることにした。三脚を立ててカメラに向けた二人の表情は、白い歯を見せることなく引き締まっていた。
次に向かったのは、銚子漁港第一卸売市場だった。飯沼観音からは、そう遠くない距離だ。私と美咲ちゃんは歩きながら話した。
「美咲ちゃん、さっき随分と長いこと、何かをお願い事をしていたようだったね。何をお願いしたの?」
飯沼観音は神社ではなく、真言宗の寺院だ。お願い事は神社ばかりでなく、お寺でも良いものなのか?普段お参りなどに縁のない私には良く分からない。だが、確かに美咲ちゃんは何かをお願いしていた。勿論、私もだ。
「翔ちゃんはずるいわよ。私に聴く前に、翔ちゃんから話すべきじゃない?」
確かにその通りだ。
「恥ずかしいけど、じゃあ話すよ。僕はね、美咲ちゃんが東京の大学に行っても、今と少しも変わりませんようにと、祈っていたよ。東京に行っても、銚子で待っている僕をいつも忘れずにいてくれます様に、そう祈ったよ」
私は、多分顔を赤く染めていたと思う。頬が熱く感じられたからだ。
「なあんだ。そんなことを長い時間祈っていたの?翔ちゃんはおバカさんよ。なんでそんなこと祈ったのよ。」
美咲ちゃんはいつもの笑顔ではなく、真面目な顔つきだった。私は、美咲ちゃんが怒っているのかと少し不安になった。
「だって、ずっと離れていたら、人の気持ちって変わることがあるって友達から聞いていたし…」
私は、返事のしようがなくて、曖昧な返事をした。だが、美咲ちゃんには言えなかったけれど「美咲ちゃんと生涯の伴侶になれますように。二人いつまでも幸せであります様に!」と祈ったのだった。高校生のくせに私は、少しませていたのかも知れない。
漁師という仕事は、あまり大きな声では言えないことだけれど、その日の天候に左右され、収入も安定していない。それに命の危険も伴う。また、女性と出会う機会が殆んどない。外川漁港の漁師も含めて、銚子漁港の漁師には、30代を過ぎた独身者が多く、半ば諦めている者も多い。私の深層心理が、不安を感じての願いだったのかも知れない。
「美咲ちゃんは、何を祈っていたの?」
私は、少し遠慮がちに聴いた。
「聴きたい?じゃあ、話してあげる!私は、東京の大学の看護部に入学し、無事卒業したら、外川中学校の養護教諭になって働きたいの。それから・・・翔ちゃんと仲良く暮らしたい!」
最後の言葉は美咲ちゃんらしくなく、小さな声だった。不思議なことに、美咲ちゃんの顔も紅潮している。確かにいつも淡いピンク色の頬だが、いつもとは明らかに違う熱を帯びていた。
私は、つい気恥ずかしくなって、話題を変えようとした。
「東京の大学の看護部でなければだめなの?銚子にもいくつか高等看護学校がある筈だけど?」
美咲ちゃんのご両親は、銚子の中学校で教師をしている。銚子には中学校が8校もある。ご両親は、別々の中学校で教鞭を執っている。
「両親は、私にも教師になれって言うの。私、小学校の時も中学校の時も、担任の先生が大好きだった。今の高校の先生も好きよ。教師の仕事って、努力次第で、生徒の人生にも大きく関われるのよ。凄いことじゃないかと両親を尊敬しているわ。
最近は新聞紙上で、教師の残業が多すぎて、いろいろ問題があることを報じられているのも知っているわ。それに、両親は部活の指導だと言って、休みの日に家で二人揃ってゆっくりしている姿は、しばらく見ていないわ。それでも、私は教師になりたい。生徒の目がキラキラ輝くような、そんな教室に絶対してみせる!
でもね。それは去年の春までの私。今の私は、クラスの担任ではなく、養護教諭になりたいの。そのためには、大学の看護部看護学科に入り、養護教諭一種免許を取りたいの。私もまだ大人ではないかも知れないけど、小さな子供たちのことを沢山学んで、無事卒業するまで見守りたいの!」
そこまでいっきに話した美咲ちゃんは、一休みというように手提げカバンから、ペットボトルを取り出し口に運んだ。
私には、美咲ちゃんの言う意味が分からなかった。そもそも養護教諭というイメージが私には曖昧だ。
今日は、これ以上この話題を続けるのは避けるべきだと私は考えた。
「美咲ちゃんは、将来、結婚相手として、漁師の人でも構わない?」
すかさず、美咲ちゃんは答えた。
「職業に貴賎なしよ!どんな仕事でも、誇りを持って働く人なら、私は好きよ」
私は安堵した。美咲ちゃんは、漁師という仕事を嫌ってはいない。
私は天を仰いだ。真っ青な空だ。大きく深呼吸をした。海はすぐそこだ。潮の香りが胸いっぱいに広がった。何か体の底からエネルギーが満ち溢れて来るような気がした。将来に明るい展望が開けたような爽やかな気持ちとなった。
まもなく銚子漁港に着いた。
銚子漁港第一卸売市場は、利根川が太平洋に流れ込む少し手前にある。茨城県の波崎町から銚子大橋を渡り、左に折れて海岸沿いに進むと、僅かの距離にある。
漁港には、何隻かの中型漁船が停泊していたが、閑散としていた。二人は、岸壁を散策したが、人の姿は見かけなかった。ただ、漁船の中で漁の仕掛けの作業をする人の姿がいくらか見られた。
「漁港って、随分閑散としているのね。まるで活気がないのね?」
美咲ちゃんが、やや不満そうに言った。
「なぜ今時分、こんなに人の姿が少ないのかは、漁師の息子だから僕には分かるよ。
この漁港は冬の間は、びんちょうまぐろの荷揚げが、氷点下何℃という過酷の中で行われているんだよ。それも、早朝の5時前からね。大きなクレーン車2台で、2隻の船から代わるがわる魚を吊るして岸壁に降ろすんだ。それを、多くの人たちが、市場に運び、競りに間に合うように準備するんだよ。大変な仕事だよ。だから、午前中で仕事が終わり、漁港から人も漁船も消えるんだ」
私の説明を感心したようにに咲きちゃんは聴いていた。
同じ銚子に住んでいても、教師の両親から生まれた美咲ちゃんと、漁師の息子である私とでは、こと漁に関しては当然私の方が知識は豊富なのは当然だ。だが、その他の世間の人の言う常識や、あるいは教養という分野ではとても美咲ちゃんには敵わない。
「それより、美咲ちゃん。もうそろそろお昼時間だよ。どっか近くの海鮮料理のお店で食事にしない?」
銚子漁港第一卸売市場の建物の中に「万祝(まいわい)」という食堂がある。市場直営なので、もちろん新鮮でボリュームいっぱいの海鮮料理が出てくるに違いない。だが、道路の反対側にも海鮮料理のお店があった。そのお店の大きな看板は賑やかな海鮮料理の画像で埋め尽くされ、つい目が行ってしまった。
「美咲ちゃん、どっちにする?」
美咲ちゃんは、少し迷っていたが、反対側のお店に目を奪われたようだ。二人は道路を渡り、店内に入った。
店内には、大漁旗が何枚も飾られていて、いかにも漁港の海鮮料理のお店という感じがした。美咲ちゃんと私は、迷いながらも海鮮丼を選んだ。
少しして運ばれてきた、丼からマグロやエビがはみ出しそうな海鮮丼を、二人はゆっくりと堪能した。
その後しばらく辺りを散策し、再び美咲ちゃんと私は銚子電鉄観音駅に向かって歩いた。
生徒の目がキラキラ輝くような、そんな教室にして見せる!
一時はそう決意した美咲ちゃんが、なぜクラス担任の教師ではなく、養護教諭という道を歩もうとしているのか、その訳が知りたかった。だが、その真相を知る機会は、意外にも早くやって来た。 つづく
※びんちょうまぐろの水揚げの様子は、私が今年1月の早朝5時半ごろ撮影したものです。なお、古帳庵の句碑の画像は銚子電鉄様から拝借致しました。